2011年12月31日土曜日

2011年の写真展・写真集

2011年に展覧会をしたり、写真集を出版した写真家で、個人的に気になった人をピックアップしてみました。



■アレハンドロ・チェスキルバーグ(Alejandro Chaskielberg)
・写真展「The High Tide」(Yossi Milo Gallery, NYC)
・関連サイト: http://www.yossimilogallery.com/exhibitions/2011-06-alejandro-chaskielberg/
・関連サイト: http://lightbox.time.com/2011/06/09/alejandro-chaskielbergs-the-high-tide/#1
・作家サイト: http://www.chaskielberg.com/

アレハンドロ・チェスキルバーグは、アルゼンチンはプラナ川のデルタ地域で暮らす人々を、月光やストロボ、ランタンなどを光源に、夜間、長時間露光で撮影している。不思議な光の中で浮かび上がる人々は、夢の国の住民のように現実離れしているが、これも一つのドキュメントであることには違いない。沼地とデルタ地帯の違いはあれど、半島民の自然写真ということで、ピーター・ヘンリー・エマーソンを想起させる。エマーソンが提唱する自然主義を大きく超えた、超「自然」な写真。

TIMEのサイトにチェスキルバーグのインタビュー。以下、一部抜粋。
"露出は、通常5-10分かかります。時には4時間かかることも。構成とライティングの主要な要素として、満月を用います。そのため、満月前後3日間の晴れている夜だけが、撮影の日となります。それ以外の日は、イメージを計画・想像したり、島民の日々の仕事についていって、彼らを夜撮影するためのセッティングをしたりします。これらのイメージを作り出す完全な方法は、普段の慣れている仕事とは異なり、時には撮影する前に人々の信頼を得る為に数ヶ月を要することもあります。カメラは4x5のジナー・ノルマ、ポジフィルム、ホワイトバランスがそれぞれ違う幾つかのフラッシュライト、白熱電球、LEDライトを使います。"



■ウォルター・ニーダマイアー(Walter Niedermayr)
・写真集『Recollection』(Hatje Cantz)
・関連サイト: http://www.hatjecantz.de/controller.php?cmd=detail&titzif=00002738&lang=en

ニーダマイアーは、イラン建築の現在と過去との間にどのような文化的、かつ歴史的なつながりがあるかを調べるために、2005年から2008年にかけて、テヘラン、イスファン、ヤズドシラーズ他、小都市や名所旧跡を訪れて撮影を行った。複数枚の写真を連ねて、ゆるやかなパノラマ風景を作る、いつものニーダマイアー調だが、それがイランのモスクとあわさると新鮮で面白い。





■エレン・クーイ(Ellen Kooi)
・写真展「Out of Sight」(P.P.O.W. , NYC)
・関連サイト: http://www.ppowgallery.com/exhibition.php?id=91
・作家サイト: http://www.ellenkooi.nl/

エレン・クーイは、オランダの自然風景の中に人を配置して、映画や夢のワンシーンのようなセットアップ写真を制作。大判カメラと、入念にセットされた照明は、風景をただの背景ではなく、何か不思議な物語を連想させる舞台へと変化させる。オランダらしい海や運河の風景と独特の光。なぜ人々は水を渡って歩いてくるのか。示されない答えが、興味を惹く。





■オーリ・ガーシュ(Ori Gersht)
・写真展「Falling Petals(散る花びら)」(CRG Gallery, NYC)
・関連サイト: http://www.crggallery.com/exhibitions/2011/ori-gersht-falling-petals/selected-works/
・関連サイト: http://www.mummeryschnelle.com/pages/oriselector.htm

オーリ・ガーシュト(1967年テルアビブ生)は、2010年4月から5月まで日本に滞在し、桜を撮影。桜は、日本人の中で祝賀や幸運などの生のイメージと結びついている一方で、戦時下では、散り行く死のイメージとも重ねられた。そんな多義的な桜の原初の姿を求める旅だったという。撮影では、デジタルカメラの高感度撮影も用いられ、著しくざらついたイメージもある。ただ不思議なことにノイズの汚い印象はなく、幽玄な世界が広がっているように見える。桜の印象をここまで大きく裏切ったイメージも珍しい。以前、ガーシュトは、静物画に描かれたような美しい花と花瓶を爆発させて、その瞬間を撮影していた。こちらも平和で美しいという紋切り型のイメージを裏切って、暴力と破壊の創造的なイメージを作り出す写真であった。



■ケイティ・グラナン(Katy Grannan)
・展覧会「Boulevard」(Franekel Gallery, NYC)
・関連サイト: http://www.fraenkelgallery.com/#mi=111&pt=1&pi=10000&s=0&p=0&a=32&at=0

ケイティ・グラナンは、ロサンゼルスのハリウッド大通りで、白い壁を背景にして、道行く人々を撮影。屋外の即席スタジオで撮られたポートレートは、ハリウッドの住人のどこか奇妙な素の姿を、明るい日差しの中で、白日にさらすかのようである。





■ケイト・ピータース(Kate Peters)
・展覧会「Stranger Than Fiction(フィクションより奇なり)」(Hpgrp Gallery, NYC)
・作家サイト: http://www.katepeters.co.uk/

ケイト・ピータースの「フィクションより奇なり」シリーズでは、街から人影が突如消えてしまったような無人の風景が、逆に「ホーム」シリーズでは廃屋の壁の染みなどに残っている人の気配が写されている。共に、無人の風景だが、だからこそかえって人間の気配を強く意識させられる不思議な写真となっている。



■ケレブ・チャーランド(Caleb Charland)
・展覧会「Fathom and Fray」(Michael Mazzeo Gallery, NYC)
・関連サイト: http://www.michaelmazzeo.com/Print_Pages/Charland-Fathom-and-Fray/Charland-Black-Dots-on-My-Palms.html
・作家サイト: http://www.calebcharland.com/

ケレブ・チャーランドは、空間、時間、エネルギーを感じさせる実験や行為を、写真を使って記録している。普遍的に存在しているものなのに、写真で見せられると、魔術や宇宙の神秘といったものを想起してしまうから不思議だ。チャーランドの写真は、科学的には知っている物事を、実際に私たちが知覚するための触媒となっている。作家のサイトでも光や炎を使った様々な現象を記録した写真が掲載されている。



■コーク・ウィズダム・オニール(Coke Wisdom O’Neal)
・展覧会「Blue Nude(ブルーヌード)」(Mixed Greens Gallery, NYC)
・関連サイト: http://mixedgreens.com/artist/Coke-Wisdom-O'Neal-16.html
・関連サイト: http://www.youtube.com/watch?v=DE7kD0zW_ko

コーク・オニールは、透明で小さい箱に、人を押し込めるようにして、ヌードを撮影した。身動きも取れない、かなり窮屈な箱の中では、人々の性別や裸体の特徴などがはぎ取られ、奇妙な物体と化している。以前、コーク・オニールは、マホガニー製の巨大な箱を野外に立てて、その中に人々に入ってもらい、自由に動き回ってもらうことで、自分らしさを演出した写真シリーズを制作していた。巨大の箱の中で、フェンシングしたりゴスペルしたりする人々を、100人以上撮影したこともあったという。



■コリーン・プラム(Colleen Plumb)
・展覧会「The Animals are Outside Today」(Jen Bekman Gallery, NYC)
・関連サイト: http://www.jenbekman.com/shows/colleen-plumb-animals-are-outside-today/
・関連サイト: http://radiusbooks.org/books/colleen-plumb-animals-are-outside-today.html
・作家サイト: http://work.colum.edu/~cplumb/newindex2.htm

1997年より、コリーン・プラムは、動物と人間の関係をテーマに、写真を撮り続けてきた。動物園、食肉、Tシャツのプリント、玩具など、プラムは、人間が動物や自然を愛し、共生しているかのようでいて、一方で本物の自然や動物との間には、深い断絶があるように感じているようだ。プラムのプロジェクトは、自然を模して、消費し、それを気づかないうちに破壊している一方で、そういったものを愛す人間存在の矛盾した行動を視覚化したものといえるかもしれない。同シリーズで、Radiusから写真集を発売。





■サイモン・ノーフォーク(Simon Norfolk)
・写真集『Burke + Norfolk: Photographs from the War in Afghanistan』(Dewi Lewis Pub)
・関連サイト: http://timemachinemag.com/current-issue/simon-norfolk/
・作家サイト: http://www.simonnorfolk.com/

かつて、アイルランド人の写真家ジョン・バークは、19世紀の第二次アフガン戦争を取材した際、そこに住む人々や、遺跡、建築物を古典的な写真技法で撮影し、写真アルバムを残した。そのアルバムを見たサイモン・ノーフォークは、2010年から、バークと同じようなスタイルで現代のアフガンを撮影するプロジェクトを開始。2011年には、二人の写真を収めた写真集『Burke + Norfolk』を出版。歴史的な背景や、撮影する写真家の立場は違うものの、バークとノーフォークの似通った写真を並べることで、時代を経ても、大国のパワーゲームにアフガンが翻弄されているという点では何も変わっておらず、歴史は繰り返すということを上手く表現している。





■サンナ・カニスト(Sanna Kannisto)
・写真集『Fieldwork』(Aperture)
・関連サイト: http://www.aperture.org/books/books-new/fieldwork-book.html
・関連サイト: http://lightbox.time.com/2011/04/26/flight-of-fancy-sanna-kannistos-field-workl
・作家サイト: http://www.sannakannisto.com/

フィンランド生まれのサンナ・カニストは、1997年より、ペルー、ブラジル、ギニア、コスタリカなどの雨林を、生物学者とめぐり撮影。自然界の動植物を、科学的に中立的に観察するために用意される環境が、どれも場違いなくらいに人工的で、半自然的であることを見せてくれる。植物図鑑の写真といっても、結局のところ、自然で中立的ではなく、私たちが真実の科学という名のもとに、演出と操作をして、支配的に物を見た結果であることを暴いているかのよう。また、一般的には面白みがないとされる図鑑的写真も、その現場では、想像を超えた動植物の動きがあり、写真の知覚の限界が試されていることも分かる。植物図鑑写真へのアプローチということであれば、これも一つの「なぜ、植物図鑑か」か。





■スティーブン・マロン(Stephen Mallon)
・展覧会「Next Stop Atlantic(次の停車駅は大西洋)」(The Front Room Gallery, NYC)
・関連サイト: http://www.stephenmallon.com/#/Photography/Next%20Stop%20Atlantic/1
・作家サイト: http://www.stephenmallon.com/

スティーブン・マロンは、廃棄処分となったNYの地下鉄列車を海に沈めて、人工岩礁を作るプロジェクトを撮影。有害物質を取り除いた車両が、海に放り投げられるスケール感にただ圧倒される。マローンは、「ハドソン川の奇跡」と呼ばれた、不時着した旅客機の引き上げ作業も撮影したことがある。こちらは沈んだものを引き上げる写真。いずれにしろスケール感が大きくて驚かされる。



■チャド・クライシュ(Chad Kleitsch)
・展覧会「Works on Paper」(The Camera Club of New York, NYC)
・関連サイト: http://www.cameraclubny.org/kleitsch_show.html
・作家サイト: http://www.chadphoto.com/

チャド・クライシュは、ニューヨーク公共図書館のアーカイブから、著名人の手紙や原稿を選び、その紙に残された折り目や汚れなどをそのままスキャン。紙に書かれた情報だけではなく、その紙が持っている記憶の痕跡や、物質性を記録した写真といえる。ダイアン・アーバスが作家のローレンス・シャインバーグにあてた手紙など、残されたサインや、紙のエンボスが生々しく感じられる。



■デボラ・ラスター(Deborah Luster)
・展覧会「Tooth for an Eye」(Jack Shainman Gallery, NYC)
・関連サイト: http://www.jackshainman.com/exhibition108.html?image=482
・関連サイト: http://www.twinpalms.com/?p=forthcoming&bookID=180
・関連サイト: http://www.youtube.com/watch?v=vQbij-sqNDQ
・関連サイト: http://www.twinpalms.com/?p=out_of_print&bookID=62

ニューオリンズの殺人があった場所をアーカイブ化した写真シリーズ。血なまぐさいシーンは一切写っておらず、人影のない淡々とした街の風景写真にしか見えない。殺人という切り口で都市の景観にアプローチした円形型の写真。展覧会と同名の写真集が、2011年3月にTWIN PALMS PUBLISHERから出版される。この円形は覗き穴のようにも見えるし、注視を誘う装置のようにも見える。デボラ・ラスターは、1988年に、自分の母親を犯罪者に殺害されたことがきっかけで、写真を撮るようになった異色の写真家。母親の死後から10年後、ルイジアナ刑務所の受刑者のポートレート写真集を出版。ラスターを信頼した受刑者全員がボランティアで参加し、写真の複製をもらったという。写真は、ティンタイプで撮影され、初期写真術の頃のように、丁寧に尊厳をもって撮影されているかのように見える。写真集は同じく、TWIN PALMS PUBから出版されている。





■デヴィッド・S・アレー(David S. Allee)
・展覧会「Dark Day」(Morgan Lehman Gallery, NYC)
・関連サイト: http://www.morganlehmangallery.com/dynamic/artist_artwork.asp?ArtistID=3

デヴィッド・アレーは、夜間に長時間露光で、人工的な明るい夜景を撮影していたが、今作では、昼間に超高速シャッターを使い、露出不足の真っ暗な写真を制作。非日常的風景だが、私たちが普段目にしている風景でもある。タイトルも洒落ていて、昼間撮影したことを意味する「10:37 AM 」、「4:02 PM」など。昼間に超高速シャッターを切ったために、露出不足で暗い写真だが、強烈なビルの反射光だけがきらりと光って美しかったり、夕方の日差しに照らされた列車の外壁だけがきらめいて浮かび上がり、中は無人で幽霊電車のようだったりと、不思議な写真である。



■トッド・ハイド(Todd Hido)
・展覧会「Fragmented Narratives」(Bruce Silverstein Gallery, NYC)
・関連サイト: http://www.brucesilverstein.com/exhibitions_galleries.php?gid=588

ハイドの4冊の写真集から抜き出した写真を使って展示を構成。郊外や、ドライブ中の道など、シリーズで構成されていた写真が、時間と場所に関係なく並べられることで、写真と写真の間に、新しい物語を生み出す。ハイドの最新写真集『A Road Divided』は、郊外の道をドライブしながら、フロントウィンドウ越しに撮影した写真。曇ったガラスが不思議なフィルター効果を生み出し、幻想的な郊外風景となっている。





■ナオミ・レシェム(Naomi Leshem)
・展覧会「BETWEEN ZONES」(Andrea Meislin, NYC)
・関連サイト: http://www.andreameislin.com/index.php?mode=current&object_id=158
・作家サイト: http://www.naomileshem.com/

兵役に服す前日の少女を基地の滑走路に立たせて、出発とそれに伴う緊張や不安な状態を表現した「Runways」、ベッドで熟睡中で無防備な若者のポートレート「Sleepers」の2つのシリーズを展示。作者はエルサレム生まれ、イスラエル育ちの女性写真家(b.1963)。熟睡中の若者をとらえた「Sleepers」シリーズは、独・仏・米・スイス・イスラエルなどの若者が、暗がりの中ではなく、明るい照明の中で撮影されている。これぞまさしく素のポートレートといえなくもない。 「Runways」シリーズは入隊前日に空軍の滑走路で少女たちを撮影した写真。イスラエルの女性は、満18歳で1年9ヶ月の兵役に服す義務がある。果てしなく伸びる道は、未来への旅立ちと、緊張する少女の不安の両方を象徴しているようで面白い。






■ナン・ゴールディン(Nan Goldin)
・展覧会「Scopophilia(窃視症)」(Matthew Marks Gallery, NYC)
・関連サイト: http://www.matthewmarks.com/exhibitions/2011-10-29_nan-goldin/

ルーブル美術館の絵画と、自身の写真作品400枚以上をコラージュして制作したスライドショー「スコポフィリア(窃視症)」をNYで初展示。2010年、映画監督のパトリス・シェローがゲストキュレーターとして、ゴールディンを招聘し、コミッションワークを実現させた。主に裸体をテーマとした有名な絵画作品とゴールディンの写真をコラージュのように大量に並べてみると、ゴダールの「映画史」ならぬ、ゴールディンの「美術史」に見えてくる。ゴダールが「命がけの美」なら、ゴールディンの写真には病的なまでに愛する人を見つめ、見つめ返されることで築かれる関係性「見る愛」が感じられる。



■ピーター・ユーゴ(Pieter Hugo)
・写真集『Permanent Error』(PRESTEL)
・関連サイト: http://www.randomhouse.de/book/edition.jsp?edi=365844
・作家サイト: http://www.pieterhugo.com/

アフリカをドキュメントしているピーター・ユーゴの新作は、中古コンピューターから金属製品を取り出したのちに、焼却するガーナの人々をドキュメントしたもの。廃棄物により、その土壌は汚染され、環境被害が出ているという。ガーナには、日本を含む世界中から中古のコンピューターが、デジタル格差を是正し、雇用をつくり出すという目的で輸出されているが、実際のところ、それらは産業廃棄物として取引され、貧困の人々の生活を、さらに危険なものにしているという。炎と煙に包まれる大地、その中で生活せざるをえない人々、そして発達した産業が行き着く先を達観したかのように見つめる牛達。どこか終末的な雰囲気が漂う。





■ ペネロペ・アンブリコ(Penelope Umbrico)
・写真集『Photographs』(Aperture)
・関連サイト: http://www.aperture.org/penelope-umbrico.html
・作家サイト: http://www.penelopeumbrico.net/

ペネロペ・アンブリコは、オンライン写真共有サービスの「Flickr」や、ショッピングサイトの「eBay」などから、特定のキーワードで検索して表れた写真を収集して並べることで、現代の私たちが膨大な量のイメージや商品に囲まれている事を可視化する。2006年から続けられている「Suns (From Sunsets) from Flickr」シリーズは、フリッカーにアップロードされた太陽のイメージを収集してカタログ化した写真。2011年2月の段階で、フリッカーの「Sun」画像は、約870万枚で、日々増殖している。太陽はたった一つだが、撮影する人、場所、時間によって太陽のイメージは無限に増えていき、これという一つのイメージにもはや固定することができない。





■マリア・アントニエッタ・マメリ(Maria Antonietta Mameli)
・展覧会「 Human Observations - Long Takes」(Bruce Silverstein, NYC)
・関連サイト: http://www.brucesilverstein.com/galleries.php?gid=441
・関連サイト: http://lightbox.time.com/2011/05/04/maria-antonietta-mamelis-human-observations/#1
・作家サイト: http://mariaantoniettamameli.com/

望遠レンズを使って、街の人を背景から切り取るだけでなく、さらにはハイキー表現によって、写された人々を周囲の空間や時間といった環境からも断ち切った写真。見る人は、ミニマルに表現された被写体のみをじっと見つめることになる。また別のシリーズでは、逆にローキー表現で、明るい光が当たった一部が強調された写真を制作。街行く人たちが、舞台で一瞬スポットライトを浴びて、去って行くかのよう。

TIMEのサイトにマメリのインタビュー。以下、一部抜粋。
"私は、すべてをカットすることで、現実や周囲の環境といった要素を除外します。実在的な場所や時間が存在しなくなるように。しかし、対象を最小のサイズまで減少させることによって、私は、見る人を私の作品により近づけさせます。それは物理的な距離だけではなく、感情的にも。私のシャープなレンズ下に人々がおさまっている美的なスペースを作成しているともいえます。"



■ミッチ・エプスタイン(Mitch Epstein)
・写真集『State of the Union』(Hatje Cantz)
・関連サイト: http://www.hatjecantz.de/controller.php?cmd=detail&titzif=00002784&lang=en
・作家サイト: http://www.mitchepstein.net/

ミッチ・エプスタインの二つのシリーズによって構成された写真集。一つは、1973-88年の日常的なアメリカ風景をカラーで捉えた「レクリエーション」シリーズ。もう一つの「Ameriacan Power」シリーズでは、巨大な風力発電、ダム、アラスカからの石油パイプラインなど、アメリカの国土で、エネルギーがどうやって作り出され、どのように全土をめぐっているかを風景写真に映し出すことで、アメリカの社会を描き出そうとしている。





■メーガン・マキニス(Meghan Mcinnis)
・展覧会「piritus: our collected breath」(A.I.R. Gallery)
・関連サイト: http://www.airgallery.org/index.cfm?fuseaction=main.artists&artistid=931&pic=8
・作家サイト: http://meghanmcinnis.com/

メーガン・マキニスの初個展。マキニスは、過去2年間、アンダーグラウンドなハードコアのライブが終了したあとに、無人のステージを撮影してきた。これらのアンダーグラウンドのライブステージは、もともとコンサートホールとして作られたものではなく、フリーメーソンの寺院や、台所、地下、裏庭などを利用している。そのせいか、無人のステージは、ライブの熱狂が残留物とともに残っている一方で、どこか違和感があって、空虚な印象がある。マキニスのサイトで写真を見る事ができる。
マキニスのサイトで、ライブを撮影した「mosh」シリーズも見られる。パフォーマーと観客の境界が曖昧でぼやけていて、最後には、すべてが一一緒くたになってうごめいている感じは、まさにモッシュっぽい。マキニスのブログで、映画でも話題になったアンヴィルのライブ写真がアップされている。アンダーグラウンドでハードコアなライブ、確かにマキニスの写真とあっている。マキニスは1982年、フロリダ生まれ、NY在住。



■ライアン・マッギンリー(Ryan McGinley)
・展覧会「WANDERING COMMA」(ALISON JACQUES GALLERY, London)
・関連サイト: http://www.alisonjacquesgallery.com/exhibitions/73/overview/
・作家サイト: http://ryanmcginley.com/
マッギンリーにとって、過去最大サイズの写真7枚で構成された新作写真展。モデルを配置し、考え抜かれた構成で作られた写真だが、普通に撮られた写真よりも、とても自然で、野趣溢れる感じになっているのが面白い。どこにでもありそうで、でもどこにでもない自然な瞬間を追求した結果に辿り着いた、永遠の美を感じさせる写真。





■リサ・ロス(Lisa Ross)
・展覧会「After Night」(Asya Geisberg Gallery)
・関連サイト: http://www.asyageisberggallery.com/index.php?page=exh_art&action=9&exhibition=35
・作家サイト: http://lisaross.info/

荒野にぽつんと置かれたベッドと毛布、こんなところでなぜ寝たのか、もしくは朝目が覚めたらこんな所に突然移動してしまったのか、答えがないだけに想像をかき立てられる写真。朝起きたら、見知らぬ国の見渡す限りの荒野だったらと思うと、かなり不安だが、何かのゲームの始まりのようで楽しそうでもある。ロケ地は新疆ウイグル自治区。



■リチャード・モース(Richard Mosse)
・展覧会「Infra」(Jack Shainman Gallery)
・関連サイト: http://www.jackshainman.com/exhibition121.html?image=664
・作家サイト: http://www.richardmosse.com/

元々は隠されたものを見つけるために発明された軍用品の赤外線フィルムで、アフリカのコンゴ内戦を撮影したリチャード・モースの写真展。そんなフィルムで撮った写真でも、なぜ戦争が続くのか、答えが見えてこないというのは報道写真に対する自虐的でどこかシニカルな皮肉を感じてしまう。不気味な色が印象的。





■リンゲル・ゴスリンガ(Ringel Goslinga)
・写真集『City People』(Roma Publication)
・関連サイト: http://www.romapublications.org/main.html
・作家サイト: http://www.ringelgoslinga.com/

リンゲル・ゴスリンガが、アムステルダムで大判カメラを使って撮影した122枚のモノクロのポートレート。写真集の後半で、写真を分類し、撮影場所も地図にマッピングして、一つの都市の記録としている。ゴスリンガのサイトでは「Family Tree」シリーズを見られる。こちらもモノクロポートレートが、「私の周りの人」「私の母の周りの人」といった具合に分類され紹介されている。ばらばらの写真が、キャプションを媒介として有機的につながっているようでもあり、ちょっと嘘っぽくもある。



■ローリー・シモンズ(Laurie Simmons)
・展覧会「The Love Doll: Days 1-30」(Salon 94 Bowery, NYC)
・関連サイト: http://www.salon94.com/artists/85/
・作家サイト: http://www.lauriesimmons.net/

ローリー・シモンズは、2009年秋に、日本でカスタム設計されたラブドールを注文。主に性的欲求を満たす為に作られた人形の少女との関係を、到着したその日から、写真によって記録し始めた。作家のサイトで写真を見る事ができる。写真のタイトルであるDays * という記号によって、時間と共に変化していくモデルとの関係が、写真に定着しているのか、それともどこまでいっても、あくまで擬似的な関係のまま終わるのか、何とも読み取れない。でも表情は繊細で美しい。


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